高松高等裁判所 昭和28年(う)988号 判決
記録について所論の点を調査するに、被告人が原判示の犯行に出でたことは、原判決挙示の各証拠により明白であるが、検察官作成の被告人に対する第一、二回供述調書及び原審並に当審の証人宇都宮チクサの各尋問調書中の各供述記録によれば、被告人は生来内気、小心、無口且つ非社交的性格の持主であつたところ、昭和二一年頃長男を急病死させてから極度に落胆し妻女にも奇異に感ずる程物忘れするようになり、神経衰弱ではないかと疑われる程の兆候を呈していた矢先、昭和二二年八月食糧管理法違反罪により罰金刑に処せられて以来特にこのことに腐心し、些細なことにも気を病み続け、昭和二四年五月頃共同苗代の当番を担当したことがあつたがこれについても「郡内の人々から何か不正があつたと疑われている」とか「村の人々から白眼視されてゐる」など事毎に理なき妄想を持続し、はては、本件犯行の前日たる昭和二七年五月六日朝苗代田で共同作業中偶々何人かが「藁を売るのならお金を先に貰つておけ出すのは嫌な人だから」というたのを耳にするや、これ全く自己に殊更に面当するものと妄断し、憤激の余り農具をまとめて帰宅し、遂に死して煩わしい世間から逃れるの外なく且つは幼児三名を死出の道連れに殺害して死後妻女の負担を軽くしようと決意し、翌七日本件犯行に及んだもので本件は終始首肯しうべき動機の見るべきものなくして行はれたことを認めることができるところ、原審鑑定人岡本重一作成の鑑定書、当審で調べた医師渡部欣一郎作成の医証と題する書面及び診断書並に当審証人渡部欣一郎の尋問調書中の各記録を綜合すれば、被告人は生来分裂病質の保有者であつて昭和二五年頃より既に種々の心気性自訴(鼻が曲つた、眼の異常感、胃腸障碍等)があり、本件犯行時以前より既に精神分裂病を患つており、本件犯行当時はかなり病状顕著で妄想に対する病疑なく、本件犯行は右精神病に基く被害妄想を動機として衝動的に行はれた病的示顕であると認めることができる。即ち被告人の本件犯行は心神喪失の状態において犯されたものと認むるを相当とするから、被告人を心神耗弱者と認定した原判決はその事実認定に誤がありこの違法は当然判決に影響を及ぼすこと明かであるから論旨は理由がある。